at a snail's pace -- このブログについて
私は2005年8月、骨髄異形成症候群(MDS)の診断を受けました。
骨髄異形成症候群とは、血液を作る造血幹細胞が異常を来たし、正常な血液を作れなくなってしまう病気です。
厄年も無事乗り越えることができたと安心していた矢先のことであり、これからは体力づくりだと、自転車通勤やウォーキングに果敢に挑戦していただけに、病気の宣告は、まさに狐につままれたようでにわかには信じられるものではありませんでした。
しかし、助かる道は唯一、造血幹細胞移植しかないことがわかると、生半可ではない病気にかかったことをようやく実感することになったのです。
幸い、骨髄移植と並ぶ造血幹細胞移植の治療法として、近年、確立されてきた臍帯血移植への道が開かれ、同年11月、移植を受けることができました。
移植は無事成功し、新しい細胞が自分の体に根付き、正常な血液を作ってくれるようになりました。ありがたいことです。私は命を長らえることができました。
ただ、本当の闘いは、移植成功から始まったと言っていいと思います。患者仲間のある人がこう話したことを忘れられません。
「移植は、致死である病気を、死には至らない病気と置き換えるようなもの」
その言葉を聞いた時は、まだ移植を控えた比較的な元気な時でしたので、「そういうものか」と思った程度でした。しかし実際に、「病気の置き換え」をしてみて、この言葉がかなり重く響いています。
私の場合、GVHD(移植片対宿主病)が急性、慢性ともに強く、移植から1年以上過ぎた今でも、さまざまな合併症を引き起こしています。
一方で、GVHDはGVLという、白血病細胞を殺してくれる効果も併せもっています。この効果は再発の危険性を減らしてくれるのです。その意味でGVHDといかにうまく付き合っていくかが生きていくうえでの重要なポイントとなります。
完治は移植から5年と言われています。まずは5年(2010年11月24日)を目指して、ゆっくりとしたペース(at a snail's pace)で生きていこうと思います。
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■病気の経過について
2005年8月15日
骨髄異形成症候群(MDS RAEB2)と診断される。芽球比率16.6%。
2005年8月22日
K医療センターに入院。
抗がん剤治療開始の方針が決まるが、治療直前のマルクで低形成性(骨髄が少ないタイプ)の骨髄異形成症候群であることが判明。抗がん剤治療を取りやめ、骨髄移植のみが唯一の治療法となる。
主治医によると、「抗がん剤治療をしたら、命が危なかった」。
2005年8月24日
骨髄移植のドナー待ちのため、仮退院。自宅待機となる。
2005年9月
骨髄バンクのドナー候補者4名のうち、確認検査に進んだ方が2名となる。
2005年9月27日
臍帯血移植の選択肢を求めて、T病院でセカンドオピニオンを受ける。
2005年10月3日
T病院に入院。
2005年10月
骨髄芽球24.5%。急性骨髄性白血病に転化。その後、骨髄バンクのドナー候補者も遺伝子レベルで不一致とわかり、臍帯血移植に決定する。
2005年11月24日
宮城臍帯血バンクからの男の赤ちゃんの臍帯血移植。血液型B→Aに。
2005年12月15日
移植から21日目。臍帯血、生着。
2006年1月
38、9度高熱が一カ月続く。皮膚に集中的に急性GVHDが出る。その後、慢性GVHDに。
2006年3月15日
退院。自宅療養生活に入る。
2007年3月15日
肺炎のためT病院に入院。
2007年4月9日
退院。
2007年4月12日
肺炎が再発し、入院。
2007年5月11日
退院。社会(職場)復帰に向け、第2期自宅療養生活に入る。