勇気を出してジェネリックでいいのだろうか
2007年6月1日(木)晴れ
闘病生活656日目。
臍帯血移植554日目。
日常ブログ、 インド紀行(39)バザールで民族衣装を購入 をアップ。
きょうはチューブトレーニングがお休みの日なので、後日、ゆっくり考えたいと思っていたことについて。
前回の外来診察の際、ジェネリック薬品への変更を検討したが、結局、取りやめた。
その直接の理由は、診察にかかる直前、私の友人からメールで、ジェネリックへの変更は見送った方がいいとの忠告をもらったことだった。
発病から1年半が過ぎ、これまでにかかった医療費はかなりの額に上り、今後も長く薬とのつきあいを続けていかなければならない事情を考えると、少しでも薬代は抑えたいと思うのは当然だろう。
私は現在、12種類の薬を服用しており、月の薬代は本人負担分で2万円弱となっている。
調べて見ると、12種類中、ジェネリックが作られている薬はわずか4種類。しかももともと薬価の低い薬ばかりなので、差額は約1000円に過ぎなかった。
それでも、これから先、長いのだから、わずかでも安くなればと思ったわけだが、友人の指摘によると、(1)成分は全く同じとは限らない(2)成分が同じでも作り方の違いによって吸収量が違ってくる――ことがあるのだそうだ。事実、日経メディカルが行った医師へのアンケートによると約7割が後発品は先発品より劣ると回答しているという。
詳しくはこちら。
http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=798513035
品質のこともさることながら、私がジェネリックをやめようと思った最大の理由は、新しい薬が作られなくなってしまう恐れがあることだ。
新薬の開発には10~15年の年月と数百億円の開発費が必要だという。ジェネリックの普及によって、この新薬開発費が捻出できなくなってしまえば、医学は確実に停滞してしまう。
何においても価格破壊が進む世の中にあって、薬が安くならないのはおかしい、という考え方にあっては、ジェネリックの普及は極めて自然な流れに思える。
しかし、それを手放しで喜んでいいものか。
勇気を出して聞いてみるのもいいが、その勇気が単なる蛮勇となり、後悔することにならないように、将来を見据えた慎重な構えが必要なのだと思う。
