生きる糧与えてくれる友人たちに感謝

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入院中、何度も足を運んでくれた二人の友人に久しぶり会い、懇談することができた。

病気前、彼らとはコンサート鑑賞→批評会および討論会といった類の刺激に満ちた会話が楽しく、全く時間を忘れて語り合ってきた。

この日は私の午前中の仕事のトラブルで、1時間も遅刻してしまったにもかかわらず、温かく出迎えてくれたことがうれしかった。

お店の選定にも気を使ってもらい、全体的に塩分低めの味付けの中華はとてもおいしくありがたかった。

話題は私の体の現状報告のほか、医療が抱える課題、iphoneの活用、携帯電話の展望など、続いていった。

二人は大変な博識を持ち、しかもその博識ぶりが決して上滑りすることなく、自分の生き方にきちんと対峙する中で、しっかりした見識として昇華させることができる。しかも聞き上手。誠に対話の達人なのだ。

ゆえに、対話の醍醐味を心行くまで堪能することができるわけで、その対話のエッセンスは生きる糧として、私に力を与えてくれる。

本当にありがたき友の存在だ。

病気をしてからというものの、当たり前のことだけれど、対話の機会は絶対的に減ってしまっている。

でも、久しぶりに得ることができたこのような対話は、これからの人生の可能性を垣間見せてくれたような気がする。

改めて二人の友人に感謝しつつ、生きて対話できることへの喜びをただただかみしめている。

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このページは、fugueが2009年5月30日 21:38に書いたブログ記事です。

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